看護師から見た理想の死に方

仕事

 施設で亡くなる人、一般病棟で亡くなる人、緩和ケア病棟で亡くなる人、自宅で亡くなる人、不慮の事故で亡くなる人、様々な人の亡くなり方を見てきました。

様々な死を看取らせていただくと、自分は穏やかに死にたいと思うようになりました。

寿命に従って不必要な医療行為をされていない方は、穏やかな亡くなり方をしている印象があります。

今までは緩和ケア病棟で亡くなることが一番穏やかなんじゃないかと思っていました。

緩和ケア病棟の看護師のスタッフから、癌で緩和ケア病棟で死にたい、と聞いたことがあったからです。

しかし、在宅で亡くなる方が眠るように息を引き取る看取りを経験すると、自分の選択肢の一つに在宅死が上がってきます。

在宅で援助されている医師の方たちが在宅死を推す理由が分かった気がしてきました。

ただし、今回の内容はあくまでも家族を含めた本人を取り囲む人たちも死を受け入れていることが前提です。

積極的な治療が必要な人は当てはまりません。

死について考える

最初に死について考えたのは小学生の時です。

夏休みには怪談をテーマにしたテレビ番組が流れ、死を怖いものとして扱っていた印象があります。

近所のお葬式では、悲しむ人々とは対照的に玄関先のきれいな灯篭の光が美しくて、みとれていた覚えもあります。

人は必ず死ぬ。

それなのに死が身近になかったので、漠然とした不安が心の中に湧きたってきました。

その頃の私を救っていたのは、ちょうど丹波哲郎さんが死後の世界について広めていた一冊の本でした。

親戚の家にたまたま並んでいたので読ませてもらったのですが、どうやら死んでも魂は永遠に存在しているようです。

そうなると、一生懸命生きようと決心がつきます。

「成長したい」

疑うことを知らない若い魂は、決意新たに奮い立ちました。

そうすると、また一つ疑問が湧いてくるんです。

「死んでからのことは分かった。でも、その前段階での苦しみはどうやったらできるだけ軽くできるんだろう。」

疑問を抱えながら、たまたま看護師という生命サイクルを見つめ続けられる職業に就くことができました。

他人の旅立ちをそばで立ち会わせてもらうことで、では自分は・・・と落ち着いたときに時々考えます。

死にゆく人の様々な反応

穏やかに亡くなっている方は何を選択されているのか。

まず、死を準備する時間があります。

周りの人ともゆっくりお別れをして、身辺整理も終わっています。

また、年を重ねて高齢であればあるほど死に対しての動揺が少ない印象があります。

もう十分生きたから、治療したくないという意見を何人からも聞きました。

自分のことができるうちに死ねてよかった、と言われたときには私の方が動揺しました。

また、身体的苦痛が少ない方が穏やかです。

疼痛や呼吸困難感、倦怠感のつらさは耐えがたいものがあります。

このコントロールについては緩和ケア病棟はほんとに頼もしい味方です。

積極的に治療を続けてこられたからこその苦痛もあれば、自然に任せた結果での苦痛もあります。

これは専門家に相談してより良い選択をするしかありません。

死後の世界についても調べ始める方もいますが、死後の世界について話ができる患者さんは穏やかな方ばかりでした。

死んだら何もなくなってしまうと言っていた方を何名か知っていますが、とても苦しそうでした。

認知症の方が穏やかに亡くなっていった過程も経験していますので、認知機能はそこまで関係ないかもしれません。

思い出し始めると他にもいろいろなエピソードがありますが、膨大すぎて書ききれません。

一生という人の生命エネルギーが死に集約されるときの強烈さは、言葉を超えるものがあります。

結論

身辺整理を終わらせておく

身体的苦痛のコントロールができている

死後の世界について調べておく

健康寿命を延ばし、できるだけ長生きをする

信頼できる主治医を見つけておく

家族に死ぬときの自分の理想を伝え、理解を得る

穏やかにその時を迎えたいなら、今のところ思い浮かぶのはこんなところでしょうか。

死が現実のものとなればやはり動揺するでしょうが、その時の一番のベストな反応だと受け止めるしかありません。

つまらない終わり方かもしれませんが、いつでも死を意識して生きていくことが大切なのかも、と思っています。

死を考えると形のあるものへの執着も弱くなりますし、所有することに必死になりません。

大切な人たちと心で結ばれる大切さを感じていますし、経験や知識に価値を感じてしまいます。

どうやって死にたいかとイメージが湧いたらアンテナも張りやすく、情報も集まります。

家族の理解や信頼できる医療者とのつながりも必要なので、元気なうちから意識し始めるでしょう。

それでも、在宅での看取りは核家族化が進んだ今ではかなりのハードルがありますし、家族が望まなければ希望するつもりはありません。

今後、仕事を通じて死生観が変わるかもしれませんが、穏やかに死を迎えたいという気持ちは変わらない願いです。

本日も最後まで読んでいただきありがとうございました。

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